スパイドラマ倶楽部・別館-スパイ大作戦専門館


ご挨拶



1996年、トム・クルーズ主演の「ミッション・インポッシブル」が劇場公開された時、私は海外にいた。私の住んでいたアパートの近所で、オーチャードロードのはずれにある
キャセイ映画館のあちらこちらにトム・クルーズの横顔のポスターを初めて見た時、あの「スパイ大作戦」が映画化されたのかと非常に興奮して、また、期待でいっぱいだった。
恐らく、ドラマの「スパイ大作戦」を知らない20歳代後半の現地人に、"私は「ミッション・インポッシブル」が大好きだ。この映画を観た方がいいよ。"と映画の内容も確認しない
まま、思わず英語で口走ってしまったのである。1991年に日本テレビで放映された「新スパイ大作戦」がわずか35話(2シーズン)で終わってしまったことで、幾分消化不良
気味であったためか、その時、トム・クルーズ主演の「ミッション・インポッシブル」はウェルカムだった。


 海外での上映には、当然日本語の字幕がつかず、内容を完全に理解したかった私は、「ミッション・インポッシブル」を初めて見たのは、翌年日本に一時帰国した際、搭乗
した全日空機内においてだった。日本語の吹き替えもあり、幸運なことに最初から見ることができた。IMFのリーダーのジム・フェルプスが登場するが、役者がピーター・グレ
イヴスでなく少しがっかりする。しかし、指令のシーン、IMFのメンバー、そして有名なテーマ・ミュージックなど、ドラマでなじみの深いものが次々と登場するとともに、胸が次
第に高鳴っていく自分に気がつく。ところが、IMFのメンバーがジム・フェルプスを含めて次々と殉職してしまい、生き残ったのは、トム・クルーズと若い女性スパイの2名という
展開に衝撃が走る。これは、ドラマでは起こりえないし、目を疑う内容だ。当然、その後、主演のトム・クルーズの独壇場になるのだが、終盤、死んだと思われたジム・フェルプ
スが実は生きており、安心するのも束の間、そのジム・フェルプスが何と裏切者という結末を迎えるのだ。見終わった後も、何とも後味の悪さが残り、しばらく立ち直れないくら
いのショックを受けると共に、"これが「スパイ大作戦」なの?"と考えれば考えるほど怒りがこみ上げてきた。せめて、ジム・フェルプスを殉職したまま終わらせて欲しかったとい
うのが、不本意ではあるものの、最初に「ミッション・インポッシブル」を見て思ったことだった。


 後から知ったことだが、ドラマでジム・フェルプスを演じたピーター・グレイヴスは、この映画に対して相当怒ったそうだ。また、バーニーを演じたグレッグ・モリスも上映の途中
で退席し、"TVシリーズとは一切関係ない別物"という感想を述べている。「スパイ大作戦」では、リーダーがジム・フェルプスであることは皆が知っており、「スパイ大作戦」の
主役であり看板でもある。「007シリーズ」に例えるのなら、ジェームズ・ボンドが裏切って敵側についたというようなものだろう。TVシリーズで9年間にわたって培われた「ス
パイ大作戦」の世界観をトム・クルーズのたった1本の「ミッション・インポッシブル」によって、完全に粉砕されてしまったということだ。もし、トム・クルーズが「ミッション・インポ
ッシブル」でなく、他のタイトルを使用し、また、ラロ・シフリンの有名なテーマ・ミュージックを使用しなかったら、あそこまでのヒットはしなかったと思うし、それだけ、TVシリーズ
の「スパイ大作戦」は面白かったという証明ではないだろうか。そこで、私はTVシリーズの「スパイ大作戦」について書くことにする。


 1995年より2年間、日本を離れていたため「スパイ大作戦」のLD-BOXが発売されたのを知ったのは、1997年のことであった。第4シーズンまでの8セットを全部購入する
となると、税込みで27万円を超える金額となり、サラリーマンの私にとっては高嶺の花に思えたし、いつかは買わなくてはいけないと感じながら、LDがだんだんと衰退してきて
DVDが優勢になりつつあることを実感しながらも、DVDできっと出るだろうと安易な気持ちでいた。また、ヤマギワには全巻揃っているのを確認し、お金の都合のついた時に買え
ると考えていたのだ。ところが、気がついてみると、LD-BOXが既に廃盤になっていて、ヤマギワの横浜店、秋葉原の店にも店頭からいつの間にか消えていたのだ。廃盤になっ
てしまうと、どうしても手に入れたいという気持ちが強くなり、2000年の8月から10月にかけて、苦労しながらもLD-BOX8セットを全部購入することができた。


 そもそも「スパイ大作戦」と私との出会いは、私が小学生の頃、今でもはっきりと鮮明に覚えているシーンでもある、第5シーズンの「死体は一切関知しない」でのエピソードで、
バーニーが天井裏から死体の入っている棺を警備員が何人もいる中、ワイヤーで持ち上げるシーンが印象に残っている。世間では「スパイ大作戦」の話題に尽きなかったが、
小学生の私には、内容がよく理解できず、ピーター・グレイヴスの目がどうして青いのだろうと不思議に思ったものだ。


 しかし、再放送のおかげで高校生の頃、プロ野球ニュースが終わった後の時間帯で、週4回くらいのペースで放映されており、ストーリーの面白さに受験勉強そっちのけで毎
回楽しみに見たが、気がついたのが遅くて第5シーズン以降しか見ていない。だから、私はローランよりもパリスの方に思い入れが強いようだ。そして、大学生の頃になると、
今度はテレビ東京で昼の時間帯で放映されたが、大学の講義の時間とぶつかりほとんど見ることができなかったが、ビデオデッキを買ったおかげで、これも第5シーズン以降
になるが、留守録で見ることができるようになった。しかし、我が家では当時テレビ東京の映りが悪かったこと、及び当時のビデオテープの価格が1本3000円ぐらいしたことか
ら、学生の私にとってそれを永久保存することはできなかったのである。


 社会人になって私は広島に赴任することになるが、会社を辞めて横浜に戻ってきて、新しい仕事を探さなければならなかった。フジテレビの早朝の3時か4時ぐらいの時間帯
で「スパイ大作戦」の再放送を毎週金曜日にやっているのを発見した。そして、リーダーがジム・フェルプスでなく、ダン・ブリッグスの回があることを知ったのだ。しかし、ビデオ
デッキは壊れてしまい、録画をすることはできなかった。また、新しい就職先が見つかり、その時間帯まで起きていることができず、第2シーズンから第4シーズンについては
ほとんど見ることができなかった。そして、新しいビデオデッキを買うことができた時には、第5シーズンの「大量殺戮兵器(デホミナント)」まで放送が進んでしまっていた。幸い
その後日本版の最終回である「暗号名はC6」までの64話はすべてビデオテープに録画することができたのだ。


 前半の107話については、今度再放送する時に撮ればいいと楽観していたが、それを最後に首都圏での無料チャンネルでの再放送は今日までされていないのである。気
がつくと、新聞のテレビ欄をフジテレビを中心に隈なく探すのだが、ここ十数年見つけられずにいるのだ。知っている人ならわかると思うが、あれほどしつこいくらいに再放送さ
れていた番組なのに信じられない思いである。


 という訳で、パイオニアLDCのLD−BOXで第1シーズンから第4シーズンの完全版104話と、日本版の第5シーズンの途中から第7シーズン最終話までの64話の計168話
について私は現在所持していることになる。好きな時にいつでも見られる状態にあるのだ。「スパイ大作戦」は全部で171話あるのだが、「殺し屋」、「狂気のルート」、「暗殺ス
パイ"山猫"」の3話については、残念ながら所持していない。しかし、20年程前に間違いなく見ているので、かすかな記憶を手がかりにして書いていきたい。もちろん、今度
機会があれば是非とも入手したいと思っているが、パイオニアLDCのLD-BOXも皮肉なことに第5シーズン以降は発売されずに終わっており、今後もLD-BOXでの発売はない
だろう。


 あれだけ大ヒットした「スパイ大作戦」だが、残念なことに解説本が日本では発売されていない。普通これほどヒットした作品には解説本などがあの手この手を尽して発売さ
れるものだが、全く不思議な話である。私自身、「スパイ大作戦」を上回るドラマには「スパイ大作戦」以前も以降も出会っていないと感じているし、再放送もなくなってしまった
現在、この名作も人々の記憶から薄れつつあることを残念に思う一人である。そこで21世紀になっても、この名作が次世代の人達にも語り継がれるようになればと願い、本書
を執筆することにした次第である。


 本来なら、当時のスタッフやキャストにインタビューをしてメーキングの裏話等を取り入れたいのだが、私は一介のサラリーマンでその分野の専門家でないし、言葉の壁もあ
るので、それは実現不可能なことである。だから、視聴者の立場としてしか書けないのである。全く見当違いのことを書いてしまう恐れもあるが、それは私の感じたことであり、
愛敬として捉えていただければ幸いである。



2001年9月吉日  

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